今日も寸分違わず夏と戦う

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今日も今日とて暑い。一日色んな出来事があったはずなのに忘れるくらい暑い。些細なイライラも綺麗さっぱり忘れてしまうほどだ。見方を変えれば、取るに足らないストレスだったから忘れられたのかもしれないし、それだけ季節の暴力が甚だしいのかもしれない。こんなときにはエアコンを、と誰もが思うだろう。現に言われたし、自分でもそう思う。がしかし冷房は未だつけていない。特段エアコンが壊れているからとか、そもそもないからといった理由ではない。自分の意志でつけないのである。半ば意地のようなものだ。うちわを片手に扇風機と呼べるほど大きくはないポータブルファンを横に置く。それだけでもなんとか耐えられるレベルにはなる。大袈裟ではなく今生きているのは彼らのおかげだろう。そんな足元で必死にプロペラを回す小さな救世主を敬愛の眼差しで見つめてしまうくらいだ。
夏といえば当然暑いのだから汗をかく。もちろん今日もしっかり汗をかいている。しかしながら汗の質も徐々に変わってきた。初夏の頃はベトベトの濃い汗だったが、毎日汗をかいたおかげで随分とサラサラになってきた。粘っこい汗は放っておくと汗疹になって痒くなってしまうから、すぐシャワーを浴びる。肌の弱い自分にとって夏のフラストレーションの一つはこれである。ただこれも峠を越して本格的な夏仕様の体になってきたのは日々の忍耐のおかげであろう。日を重ねるごとにどんどん不快感のない汗になっていくのは嬉しい限りである。
こんな暑さはどうしてもネガティブな志向に陥りやすいが、こうして努力の結果と達成感に意識をそらすのも、冷房なし生活を続けてしまえる原因なのかもしれない。一種のランナーズハイのようだ。中毒とまではいかないけれど陶酔感は認めるしかない。しかしながら汗の峠は超えても夏の峠はこれからだろう。純粋な暑さに耐えられるかはまた別の話である。今日耐えられたから明日も耐えられるのか、仮に明日も冷房なしで過ごせたからといって、その次の日も手を出さずに過ごせるのかはわからない。まるで麻薬患者のような言い草だが、ここまで来ると呆れと共に冷ややかな目で見られても仕方ないだろう。
これからまだまだ夏は続く。けれどもきっと明日も明後日も同じようなことを感じ思いつつ過ごす自分がいるに違いない。

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